「何で学校に行かなくちゃいけないの?」
先生という仕事をやっていると必ず聞かれるせりふです。
小・中学生のいる家庭では、親は一度は聞かれたことがあるでしょう。
学校に行く意味はなんでしょう。
コロナ禍を経て学校そのものの価値が揺らいでいる中、今一度このことについて考えてみたいなと思います。
皆さんはどう答えていますか?
行かなきゃダメなんだよ。
大人になるための訓練なんだから。
人間関係を学ぶ場所だから行くんだよ。
勉強しないと立派な大人になれないよ。
いろんな言い方・考え方があるでしょう。
私も昔は、「人生の選択肢を増やすためだよ」なんてことを言っていました。
先程も言いましたが、最近は,公教育の根幹が揺らいでいます。
そもそも学校ってそんなに必要なのか。
別に行かなくても困らないのではないか。
そんな考えを持つ人も増えているはずです。
私自身もそうですから。
であれば、なおさら「学校に行く意味」を考えて、納得した上で行かせたいですよね。
そこで私は、今もし聞かれたらこう答えます。
「その日学校に行くことで、今の自分より何か一つでも知ることができたり感じることができたりするのならば行った方がいいよ。今の自分より成長できそうにないなら行かなくても構わないのでは。」
一つでいいんだよ。
できないことが100あっても、一つできればそれが成長というものだから。
こんなことを伝えています。
さらに、
「家にいるのと、学校に行くの、新しいことを知れたりできそうなのはどっち?」
などと言うこともありますね。
新しいことというのは、自分の興味のないことかも知れません。
ですが、もしかすると出会うかもしれないのです。
またそれと同時に,何より「行くことが楽しいか」ということも大切です。
つまらないのに頑張る、というのはエネルギー切れを起こしますし、受け身なのでできないときは何かのせいにしてしまいます。
言い訳できる状況はできれば作りたくありません。
子供は自分自身の中で、「成長したい」という気持ちを必ず持っていると思います。
これは、周りの大人が「大人になるって楽しいよ」ということを伝え続けていれば、なおさら強くなるはずです。
大きくなっていくことが楽しみならば、できることを増やしていきたいと思うのではないでしょうか。
大人になりたいと思えば、大人になるためには何が必要で何を頑張らなければならないかを考えるようになると思うからです。
一つだけ、一歩ずつ。
だから、ゆっくりでいい。焦らなくていい。
できないことももたくさんあるけれど、人に迷惑をかけないならいいんじゃないか、そんな感じで先生も子供と接することができたなら、もう少し気持ちが楽になるのではないでしょうか。
気持ちが楽になれば、子供と教師の関係も、教師と保護者の関係も、良い方向に回っていくのではないかと思うのです。