元小学校教員kosukedadの日記

小学校教員29年。現在は教員向けの個別相談を行い、学級崩壊や保護者への対応などについて、現場の先生方への支援ができればと思っています。

身近に落とせば、授業は一気に“自分ごと”になる

「ちゃんと説明したのに、子どもがピンときていない」

 

若手の頃、これで何度もつまずきました。

 

知識は入っている。
でも、どこか“遠い話”のままなんですよね。

 

そこで意識しているのが、

**「身近なものに落とし込む」**ことです。

 


例えば、6年生の「紛争」の授業

 

紛争の原因を考えると、子どもたちは意外と答えられます。

・宗教の違い
・民族の違い
・政権の不安定
・大国の介入
・資源や土地の奪い合い

 

「よく知ってるね」で終わらせることもできます。

でも、ここで終わると**“ただの知識”**です。

 


ここで一つだけ問いを変える

 

まとめに入る前、あえて少し時間を残してこう聞きます。

「これって、学校の中でも似たようなこと起きてない?」

 

すると空気が変わります。

 


子どもたちの中で“つながる瞬間”

 

例えばこんな声が出てきます。

・「前のクラス、ルールが曖昧でケンカ多かった。政権が弱いのと同じかも」
・「上の学年に言われて断れなかった。大国の介入っぽい」
・「考え方の違いでぶつかることある。宗教に近いかも」
・「ボールの取り合いとか、普通にある。資源の奪い合いだ」

 

ここで初めて、紛争が“自分の問題”になります。

 


若手の先生に伝えたいポイントはシンプル

 

難しいことはしていません。

やっているのはこの2つだけです。

① 知識で終わらせない
→「それ、身近で言うと?」と聞く

② 答えをまとめない
→あえて結論を言わず、考えさせて終わる

 


なぜこれが効くのか

 

子どもは、

「知っていること」より
「自分に関係あること」で動きます。

 

だから、

遠い世界の話
→ 身近な出来事に翻訳する

これだけで、授業の深さが一気に変わります。

 


明日からできる一言

 

正直、これだけでも十分です。

「これ、学校で似たことない?」

 

この一言を入れるだけで、
“いい授業”が“残る授業”に変わります。

 


注意点(ここはかなり大事)

・正解を言わせようとしない
・道徳っぽくまとめすぎない
・子どもの発言を評価しすぎない

 

あくまで**「気づきのきっかけ」**にすること。

ここを外すと、一気に説教になります。

 


最後に

 

全部の授業でやる必要はありません。

でも、

「この内容、日常のどこにつながる?」

と考えるクセがつくだけで、授業は確実に変わります。

 

子どもが変わるきっかけは、
こういう“ちょっとした問い”から生まれるものです。

 

※noteでは、「身近に落とし込むための問いの設計」などを具体的に解説しています。

下記リンクから全文読めます

note.com

 

「学びたい子」と「そうでない子」の間で悩んでいるあなたへ

「もっと自然に学ぶクラスにしたい」

そう思ったこと、ありませんか?

 

教師が細かく指示しなくても、
子どもたちが自分でスイッチを入れて、話を聞き、学び始める。

 

本当はそんな学級をつくりたい。


私もずっとそう思ってきました。

 


 

でも現実はどうでしょうか。

授業前のあいさつをそろえる。
チャイムで動く。
席を決める。

 

「これ、本当に必要なのかな…」と思いながら、
やらざるを得ない自分がいる。

 

理想とは少し違う毎日に、
モヤっとすることもあると思います。

 


 

ここで一つ、知っておいてほしいことがあります。

 

それは、

公立の学校には「いろいろな目的で来ている子」がいるということです。

 


 

・本当に学びたくて来ている子
・友達に会うために来ている子
・なんとなく来ている子

同じ教室に、全部います。

 


 

もし「学び」だけに焦点を当てた授業をしたらどうなるか。

 

意欲の高い子は伸びます。
でも、それ以外の子は居場所を失ってしまいます。

 


 

だから学校は、

「学ぶ場所」であると同時に、
「生き方を学ぶ場所」でもあるんです。

 


 

・あいさつをする
・時間を守る
・人と折り合いをつける
・仲間と協力する

 

こういう力は、
大人になってから確実に必要になります。

 


 

つまり、

あなたがやっている“当たり前の指導”には、
ちゃんと意味があります。

 


 

理想通りにいかないのは、
あなたの力が足りないからではありません。

 

目の前にいる子どもたちに合わせて、
最適な形を選んでいるからです。

 


 

そして、ここが大事なポイントです。

 

多くの先生は、

・気になる子
・手のかかる子

に意識が引っ張られます。

 

それ自体は必要なことです。

 

でも同時に、

「もっと学びたい子」に
しっかり学びを保障することも、忘れないでほしい。

 


 

教師には、2つの役割があります。

・学習内容を教えるプロ
・社会で生きる力を育てる伴走者

 

どちらか一方では足りません。

 


 

この2つを行き来しながら、

・今は全体を整える時間なのか
・今は学びを深める時間なのか

を判断していく。

 

それが、学級経営です。

 


 

最初からうまくできる人はいません。

むしろ、迷っているあなたは、
ちゃんと子どもを見ている証拠です。

 


 

理想を持ち続けてください。

 

でも同時に、

「今のクラスに合った最適解」を選べている自分も、
認めてあげてください。

 


 

その積み重ねが、

「学びたい子」と「そうでない子」
どちらも大切にできる学級につながっていきます。

「理由があるから仕方ない」で流していませんか?1年生の問題行動から考える指導の軸

1年生が入学し、私が指導にあたった時の話をします。

 

その年の1年生は、入学前から「手のかかる子が多い」と聞いていました。
実際に関わってみると、その通りだと感じる場面が多くあります。

 

・授業中でもおしゃべりが止まらない
・座っていられない
・廊下を走る
・友達に暴言を吐く
・物を隠す
・トイレでのトラブルが多い

 

こうした行動に対して、若い先生ほど悩むのがここだと思います。

「理由があるなら、仕方ないのでは?」

たしかに、背景には発達特性や家庭環境など、さまざまな要因があります。
でも、ここで指導の軸をブレさせてしまうと、学級は一気に崩れます。

 


 

■大事なのは「原因」と「責任」を分けること

問題行動をした子どもは、よくこう言います。

「だってあいつが先にやった」
「追いかけられたから逃げただけ」

 

つまり、“人のせい”にするのです。

 

ここで必要なのは、冷静にこう問い返すことです。

「だから、その行動はしていいの?」
「やったのは自分だよね?」

 

ポイントは、理由を否定しないことです。
でも同時に、行動の責任は本人にあることを外さないこと。

 

これを徹底しないと、子どもはこう学びます。

👉「理由さえあれば、やってもいい」

 


 

■もう一つの落とし穴:「怒られるからやらない」

注意したとき、子どもはよくこう言います。

「次から気をつける」

では理由を聞くと──

「怒られるから」

この時点で、ズレています。

 

この価値観のままだと、

・先生が見ているところ →やらない
・見ていないところ →やる

になります。

 

実際、トイレや廊下でのトラブルが多いのは、この影響が大きいです。

だからこそ、伝えるべきはここです。

👉「怒られるからダメ」じゃない
👉「それは正しくないからダメ」

“基準を外からではなく、自分の中に持たせる”
これが指導の軸になります。

 


 

■指導だけで終わらせない

ここで終わると、ただの“怖い先生”になります。

大事なのはその後です。

・給食どう?
・昼休み何してるの?
・字きれいに書けてたね

 

こうした何気ない会話や承認を入れると、子どもの反応は大きく変わります。

問題行動が多い子ほど、

👉「認められる経験」が圧倒的に少ない

だからこそ、響きます。

 


 

■でも、学校だけでは限界がある

ここが若い先生に伝えたい一番大事なところです。

どれだけ学校で指導しても、
家庭の価値観とズレていると、効果は半減します。

だから必要なのは、

👉 保護者との「価値基準の共有」

です。

 


 

■保護者への伝え方(シンプルでOK)

最初にこう伝えておくだけで変わります。

「理由があっても、人を傷つける行為はダメと指導しています」
「“怒られないため”ではなく、“正しいからやる”を大事にしています」

そして、

「ご家庭でも同じように声をかけていただけると助かります」

これだけで、

👉 学校だけで戦う状態
から
👉 家庭と一緒に育てる状態

に変わります。

 


 

■最後に

問題行動の多い子どもたちは、

「困った子」ではなく
「これまでそれで通ってきた子」です。

 

だから必要なのは、

強く叱ることでも
優しく受け入れることだけでもなく

👉 ブレない基準を示し続けること

です。

 

そしてその基準を、

👉 子どもにも
👉 保護者にも

伝えていくこと。

 

これが、学級を安定させる一番の近道です。

授業が死んでいる学級に共通する「ある状態」。一生懸命な担任ほどハマる落とし穴

授業をしていて、
「空気が死んでいる」と感じたことはありませんか。

 

・発問しても反応が薄い
・目が合わない
・教室に覇気がない

 

以前授業で入った高学年の学級が、まさにそうでした。

 


 

最初はこう思いました。

「自分の授業の進め方が悪かったかもしれない」

 

もちろん、それもあります。
でも、それだけでは説明がつかない違和感がありました。

 


 

“誰も、この授業に期待していない”

そんな空気でした。

 


 

担任の先生も、同じことを感じていました。

「どうしていいかわからない」

そう話していました。

 


 

この学級、何が起きているのか。

一言で言うと、

授業が止まる構造になっている。

 


 

ある児童が思いつきで発言する

→担任が注意する
→やり取りが続く
→授業が止まる

 

しばらくすると、また同じことが起きる。

 


 

最初は周りの子も我慢します。

でも、繰り返されるうちに変わります。

・諦める
・関わらなくなる
・どうでもよくなる

 

そして最終的にこうなります。

「この授業は意味がない」

 


 

実際に子どもたちは、

・自習中に担任の悪口を言う
・授業中に手紙を回す

という状態でした。

 


 

ここで怖いのは、

問題が“特定の子”ではなく、“学級全体の空気”に移っていること。

 


 

さらに厄介なのは、

担任は一生懸命で、
指導も丁寧だということです。

 


 

でも、関係が崩れた状態では、

・正しい指導ほど反発される
・注意するほど関係が悪化する

という逆転現象が起きます。

 


 

結果、

「指導しているのに、学級が壊れていく」

という状態になります。

 


 

私はこの学級で、子どもたちにこう問いかけました。

「これでいいの?」

 


 

正直、
この一言で変わるとは思っていません。

即効性のある言葉なんて、ほぼありません。

 


 

それでも、伝えたかったのです。

 


 

担任が好きかどうかは問題じゃない。

今の環境で、自分は成長できているのか。

 


 

・その空気に流されていいのか
・その時間の使い方でいいのか
・その自分を、後で誇れるのか

 


 

学級は、担任だけで作るものではありません。

一人一人の選択の積み重ねです。

 


 

もし今、

・授業がつまらない
・学級がうまくいかない

 

そう感じているなら、

それは「誰かのせい」だけでは終わりません。

 


 

その空気を受け入れている自分はどうか。

ここに目を向ける必要があります。

 


 

そして、これは担任側にも言えることです。

 


 

関係が崩れた学級では、

「正しさ」ではなく
**「関係の再構築」**が最優先になります。

 


 

この順番を間違えると、

どれだけ頑張っても、空回りします。

 


 

今回の担任は、決して「ハズレ」ではありません。

むしろ、真剣に向き合っている先生です。

 


 

それでも崩れる。

だからこそ怖いし、

誰にでも起こり得ることです。

 


 

学級は、一度崩れると簡単には戻りません。

でも、

立て直すことはできます。

 


 

そのために必要なのは、

・原因を個人に押し付けないこと
・構造として捉えること
・関係から作り直すこと

 


 

そしてもう一つ。

一人で抱えないこと。

 


 

学級は、担任一人で背負うには重すぎます。

だからこそ、

学校全体で支える必要があります。

 


 

あの学級がこれからどう変わるかはわかりません。

でも少なくとも、

「このままでいいのか」と立ち止まるきっかけにはなったはずです。

 


 

崩れた学級に必要なのは、

特別なテクニックではありません。

 

空気を変えようとする“最初の一歩”です。

学級がうまくいく先生は2タイプ。実は「楽をする先生」の方がうまくいく理由

学級がうまくいく先生には、実は大きく分けて二つのタイプがあります。

 


一つは、
全てのことに一生懸命、親身になって、骨身を削ってやるタイプ。

 


もう一つは、
自分が楽をするために「仕組み」を作ろうとするタイプです。

 


あなたは、どちらでしょうか。

 


私は後者です。

 


ただ、この話をすると
「楽をするなんて子どものためにならないのでは?」
と思う方もいるかもしれません。

 


でも、私は逆だと考えています。

 


むしろ、子どものためになるのは
“仕組みで回る学級”です。

 


なぜなら、
先生が頑張り続けないと成り立たない学級は、
先生が崩れた瞬間に一緒に崩れるからです。

 


例えば、こんな場面。

 


・先生が常に注意し続けないと静かにならない
・トラブルが起きるたびに先生が介入する
・子ども同士では解決できない

 


こういう状態は、一見「丁寧に関わっている」ようで、
実は子どもが“自分で回す力”を持てていません。

 


先生が抜けた瞬間、機能しなくなります。

 


一方で、仕組みを作る先生はどうか。

 


・ルールが子ども同士で共有されている
・トラブル時の動き方が決まっている
・先生がいなくてもある程度回る

 


こういう学級は、安定します。

 


そして何より、
子どもが「自分たちでできる」という感覚を持ちます。

 


ここが大きな違いです。

 


私自身、若い頃は前者でした。

 


とにかく全部やる。
全部見ようとする。
全部背負おうとする。

 


でも、正直に言えば限界が来ます。

 


時間も、体力も、気力も削られます。

 


そして何より、
頑張っているのに学級は安定しない。

 


そこで気づいたのが、
「頑張る方向が違う」ということでした。

 


頑張るべきは、
“目の前の対応”ではなく、
“仕組みづくり”です。

 


例えば、

 


・最初にルールを明確にする
・子ども同士で解決する流れを作る
・教師が毎回言わなくても動ける形にする

 


こういったことに時間を使う。

 


すると、不思議なくらい楽になります。

 


でもそれは、手を抜いているわけではありません。

 


むしろ逆で、
最初にしっかり設計しているからこそ、後が楽になる。

 


そしてその結果、
子どもも自立していきます。

 


大事なのは、
「楽=手抜き」ではないということです。

 


「楽=再現性のある仕組み」です。

 


先生がいなくても回る学級。

 


それは、
子どもが自分たちで考え、動ける学級です。

 


どちらが子どものためになるか。

 


私は、後者だと考えています。

 


そしてもし今、
頑張っているのにうまくいかないと感じているなら、

 


少しだけ視点を変えてみてください。

 


“もっと頑張る”ではなく、
“どうすれば回るか”を考える。

 


それだけで、学級は大きく変わります。

親じゃないからこそ、できる指導がある

「なんでこの子は、親の言うことは聞かないのに
先生の話は聞くんだろう?」

 

そう思ったこと、ありませんか。

 

学校では問題なく過ごしているのに、
家では荒れてしまう子。

 

同じ子なのに、なぜこんな違いが生まれるのか。

 


 

実はこれ、
教師としてだけでなく、親としても強く感じています。

 

私には小3の長男と、年長の次男がいます。

 

長男が小1の頃、こんなことがありました。

 

家では何度言っても動かない。
注意すると不機嫌になる。

 

正直、「なんでこんなに聞かないんだ」と思っていました。

 


 

でも、学校では違ったんです。

 

先生の話はしっかり聞いて、
やるべきこともきちんとやっている。

 

「え、できるじゃん」

 

そう思ったのを覚えています。

 


 

このとき、強く感じました。

親だからこそ、うまくいかないことがある。

 


 

親は、子どもにとって「絶対的な存在」です。

 

だからこそ、感情がぶつかりやすい。

・期待がある
・心配がある
・これまでの積み重ねがある

その全部が、言葉に乗ってしまう。

 

子どもはそれを敏感に感じ取り、
素直に受け取れなくなることがあります。

 


 

一方で、教師はどうか。

 

教師は、ある意味で「他人」です。

 

だからこそ、

・過去に縛られすぎない
・必要以上に感情を乗せない
・“今”の行動にだけ焦点を当てられる

 

この距離感が、子どもにとっては心地よい。

 


 

例えば、こんな場面。

 

授業中に立ち歩いた子に対して

親なら
「なんでちゃんと座ってられないの?」
「いつもそうでしょ!」

となりやすい。

 

でも教師なら

「今は座る時間だよ」
「終わったら動いていいからね」

と、“今”だけを切り取って伝えられる。

 


 

そしてこれは、
家庭でも意識できることです。

 

実際に私も、長男への関わり方を変えました。

「なんでやらないの?」ではなく
「今はこれをやる時間だよ」と伝える。

 

過去を持ち出さず、
“今”だけを見るようにしました。

 


 

すると、不思議なことに
少しずつ反応が変わっていきました。

 

すぐに劇的に変わるわけではありません。

 

でも、ぶつかる回数は確実に減りました。

 


 

子どもを変えようとするほど、関係は崩れやすい。

 

でも、関わり方を変えると
子どもの反応は、自然と変わっていきます。

 


 

「親じゃないからできる」のではなく
“そう関わっているからできている”

 

そう考えると、
指導の幅は一気に広がります。

問題のある子ばかりに目が行ってしまう先生へ

 

 

正直に言うと、

「またあの子か…」

って思ってしまうこと、ありませんか?

 

授業中に立ち歩く
すぐトラブルになる
何度注意しても繰り返す

 

気づけば、その子のことで頭がいっぱいになる。

 

でもこれ、すごく危険です。

なぜか。

 

学級の“空気”は、見ている方向で決まるからです。

 


 

問題のある子ばかりを見ていると、

・できている子がスルーされる
・頑張っている子が報われない
・「どうせ見てもらえない」という空気になる

 

するとどうなるか。

 

“静かに崩れ始める”んです。

 


 

じゃあ、どうすればいいか。

 

答えはシンプルです。

 

「見たいものを見る」

 


 

例えば

・静かに話を聞いている子
・友達に声をかけている子
・ルールを守っている子

 

こういう子を、意識して拾う。

 

そして、言葉にする。

 


 

「今の聞き方、すごくいいね」
「さっきの声かけ助かってたよ」

 

これだけでいい。

 


 

すると何が起きるか。

・良い行動が増える
・クラスの基準が上がる
・問題行動が“浮く”ようになる

 


 

ここで大事なのは、

問題のある子を無視することではありません。

 

“優先順位”を変えるだけです。

 


 

問題行動は対応する。


でも、それ以上に

「うまくいっている瞬間」を広げる。

 


 

これができると、

クラスは一気に安定します。

 


 

もし今、

「問題のある子ばかりに目が行ってしまう」

と感じているなら、

今日1日だけでいいので試してみてください。

 


 

“できている子を5回見つける”

 


 

たぶん、

見える景色が変わります。