先日、同僚の研究授業を見る機会がありました。
学校には校内研修というものがあり、教員同士で授業のあり方などについて研修を行っています。
研究授業はその一環として、一人の教員が授業を実際に行い、全員で見合って、指導の仕方や教材の考え方などを後で行う協議会で話し合うというものです。
その同僚は今年度転勤してきたのですが、日頃からエネルギッシュに活動していて、とても熱心な教員です。
多少荒れた学級を受け持つことになったのですが、そのバイタリティを活かしてとてもよく頑張っています。
ところが、どうも子どもたちや保護者、また私達の同僚からは評価があまり高くないのです。
その理由が、今回授業をじっくりと見ることで見えた気がしました。
まず一つ目は、簡単に言うと、「言い方」「話し方」です。
単純に乱暴な言葉が出てくることもあるのですが、それ以上に感じるのは、イントネーションや声の出し方・ボリュームといったものが威圧的で、相手が受ける印象は良くないだろうなと感じたのです。
言っていることは正しく、当たり前のことであっても、言い方や話し方で相手の受ける印象は違います。
文章ではうまく説明がなかなかできないのですが、聞き手が受ける「印象」が良くないなと思いました。
私も、教員という仕事柄、話し方で気持ちを伝えるということも意識していますので、声の強弱をつけたり、叱責することも諭すように話すこともあります。
その際に気をつけるのは、子供の向こう側には親がいるということです。
自分も子を持つ親として、自分の子供が言われたときに納得できるような言葉、また親に説明できる言葉を選んで話すようにしています。
ただ、それだけでは響かない場合もあるので、そこに時には演技や感情をプラスして、子どもたちに届く話し方をしようと意識しています。
実際に届いているかは、すぐには答えが出ないので粘り強くやっていくしかないんですけどね。
またもう一つ気になったことがあります。
それは、授業の中で「俺が一番知っているんだ」という雰囲気を出すことです。
教材もよく研究しているし、理論もしっかりしているのですが、一言多いような気がしました。
簡単に言うと、「くどい」のです。
子どもに対する授業場面でもそうですし、協議会で我々教員に対してもそうで、言わなくても良い場面で言ってしまうというところがあるなと感じたのです。
実際、協議会が終わった後、隣に座っていた女性教員に、
「あの天井のシミは雨漏りですかねえ。○○先生の話、早く終わんないかなあと思ってたら発見しました笑」
なんて言われましたからね。
やはり自慢げに見えることは印象が良くありません。
小学校の授業などは特に45分しかありませんし、児童一人一人の学力の差も大きいです。
授業のねらいを達成するために、何が必要で何が必要でないのか、できるだけシンプルに考えていくことがやはり大切だなあと感じました。
例を挙げた同僚は、私と同世代。
本当に熱心で一生懸命な先生です。
子どもたちをなんとか良い方向に持っていきたい、良い授業をしたい、そんな気持ちを感じる人です。
そのエネルギーをうまく使っていけるようになってくれればなあと思い、雑談がてら自分の考えを伝えています。