今回はこんな話題について。
学校の学習では物足りない子に、相応の学習内容に取り組ませる場を作ろうという話ですね。
提言では、
「通常学級のなかで、特異な才能がある子もそうでない子もともに学び、習熟度に応じた自由度の高い学習を取り入れられる学習環境を「あるべき姿」として掲げた」
とあります。
「無理でしょ、現場わかってます?」
という声がコメント欄に満載でしたね。
また、この提言をまとめた有識者会議の委員から、
「才能のある子は、強いこだわり、完璧主義や、発達障害の特性などを併せ持つこともあるため、自由研究や単元ごとに好きな進度で興味のあることを主体的に学べる、個別最適な学びの環境づくりが重要だ」
との指摘があったとしています。
そのうえで、
「保健室やカウンセリングルームのほか、民間団体とも連携し、安心して過ごせる多様な場を用意するべきだ」
と求めているとも書かれていました。
まあ、現場サイドから見ると、そんな事を言うならとにかく人を増やしてくれ、と言う意見が大多数でしょう。
まあ、当然ですよね。
習熟度別に学習を進めようとすることは私の学校でもありますし、おそらく取り入れているところもあるでしょう。
私が経験した例をお話しします。
児童の学力差が大きい学年であったため、学年で習熟度別に学習を進めたいという話を管理職にしました。
すると管理職から、
「あくまで児童が希望したグループでの学習となるよう、手続きを踏んでいってほしい」
と言われました。
どんな手続きを踏むかというと、保護者へ文書を出し、説明をして承諾を得た上で、児童に希望を取り、希望したグループで学習を進めるという流れです。
これは簡単にいうと、
「勝手に序列を作るな」
という保護者のクレーム回避のためです。
グループの分け方にしても、はっきり習熟度別ですというよりは、「ぐんぐんコース」とか「じっくりコース」などの名称をつけ、児童の希望を取っていました。
従って、我々の思惑とは違うコースを選択する児童もいましたね。
教員側が習熟度別の学習を取り入れたい理由としては、定着に時間のかかる児童をある程度少ない人数で取り出して指導するという目的があります。従って、指導に時間や手間がかかる低位の子のグループは人数を少なくし、できる子のグループは大所帯になりがちだと思います。
ここから「特異な才能」の子をさらに取り出してハイレベルの学習を進めるとなると、そんな余裕はとてもじゃないけどありません。
ですから、最初に触れた文科省の提言については、私も今の学校現場がそのままであるならば、やはり現実的ではないなと感じてはいます。
ですが、このような議論が必要ないかといえば、私はそうではないなとも思っているのです。
教員の意識としては、「下を引き上げたい」という思いの方が、「上をもっと伸ばしたい」という思いより強いのではないかと思います。
その理由としては、社会からドロップアウトしないようにしなければという責任感が一つあるでしょう。これはとても大切な意識です。
そしてもう一つ。失礼を承知で言えば、多くの教員は「そこそこ勉強ができた」子であり、「特異な才能」を持つ子では無かったということです。
ですから、「特異な才能」の子に対してどう指導していけば良いかわからない、という面もあるのではないでしょうか。
「個別最適な学び」というこれからの学校教育の方針は、必要であると私は考えます。しかし、上位も下位も習熟度に応じた学習を積極的に進めるとなると、学校そのものも変わっていかないことには、子供も教員もただただ疲弊して終わってしまうと思います。
個人的には、
同じ地区の学校の中でも、「低位の子に手厚い支援をする学校」「特異な才能の子に手厚い支援をする学校」などと差別化を図り、選択できるようにするとか、
トップレベルの学習塾や大学などと連携して、よりレベルの高い学習をできるようにするとか、
具体的なプランを提示して進めてほしいと思っています。
虻蜂取らずにならないように…