小学校教員kosukedadの日記

思ったことをわりとはっきり書いていきます。毒舌かもです。

コロナ3年 不登校過去最多に

不登校に関する記事が先日出ていましたね。

news.yahoo.co.jp

 

要約すると、コロナ禍の3年で不登校の児童・生徒が激増し、2021年度は24万4990人と過去最多の人数となったということだそうです。

 

また、文部科学省厚生労働省によると、20年の小中高生の自殺者数は499人と過去最多、21年も473人と多かったということです。

 

小中学生がこのコロナ禍の中で、いろいろな影響を受けていることがわかります。

 

 

 

一概に不登校と言っても、その要因は多岐に渡ります。家庭環境、学校での人間関係、担任との関係、怠惰、学習についていけない、本人の特性など様々です。

 

これらたくさんの要因の一つにコロナ禍が入ってきたと考えるのが自然でしょう。コロナ禍によって、子供たちの生活が乱れてしまったり、学校に来る意味をあまり感じなくなったりして、増えてきたのではないかと推測されます。

 

 

先ほど不登校の要因は多岐に渡ると言いましたが、その多くの共通点は「学校に行っても楽しくない」ということだと思います。

 

 

コロナ禍で不登校が増えたのは、学校に行っても「楽しく過ごせない」というストレスを感じる子が増えたからでしょう。

 

 

学校に行っても休み時間に自由に遊べず、黙って給食を食べる。グループでの学習や全員での合唱もしない。部活動は活動停止。そういったことが楽しくないと感じてしまったのでしょう。その意味では、集団での活動を求める子供たちはまだまだ多いと言えるのではないかと思います。

 

 

一方で、学校に行く意味を感じないという子は、集団で何かをやることは必要ないんじゃないか、という価値観を持った子といえます。これは親も含めてそのような価値観を持っていることも考えられます。そもそも集まる必要はあるのか、学習はリモートでもできる、行事の煩わしさもない、これはこれでアリじゃないか、という考えですね。

 

この考え方も理解できます。

 

 

コロナ禍を通して、これからの私たちが考えなければいけないのは、思考停止状態でこうあるものだ、と思っていたものは実はそうでなかった、ということです。

 

当たり前のものや当たり前の考え方を見直すきっかけとなったのですから、これをうまく活かしていかなければなりません。

 

一人一人が求める学校像というのは違うのです。

 

そういう意味で、選択の幅を広げていくことが必要になってくると思います。以前の私のブログでも触れていますが、義務教育としての役割を果たしながらも、学校ごとの特色をもっと出して、行きたい学校を児童・生徒が選べるようになればいいのかなと思っています。

 

kosukedad.hatenablog.com

 

 

まあ、現状はなかなかそうは行きませんから、不登校の児童・生徒はたくさんいますし、不登校ではないけれど居心地の悪さを感じながら学校に登校している児童・生徒も多いでしょう。一方で、不登校の児童・生徒の対応に苦慮している先生方も多いはずです。

 

もちろん対応策は考えなければなりませんが、なんとかしなければと力みすぎる事なく、今できることをやって、頑張りすぎないでほしいな、と思っています。