最近少し気になることについて今回はお話ししたいと思います。
それは
「レッテルを貼る」
ということです。
学級担任をやっていると、なかなかうまくいかない時が必ずあります。自分の指導が子供たちに伝わらず、何度も同じ間違いを繰り返してしまう子や、トラブルを起こしてしまう子がいるものです。
普通学級に在籍する、発達障害のある児童が年々増えてきていることも、要因としてあるでしょう。
また、強い指導をすると学校に行きたくないと言う児童がいたり、対応が難しい保護者も多くいたりする中で、うまくいかないクラスの学級担任から出てくる言葉の多くは子供の愚痴です。
仕方のない面はありますが、そんな時、どうしても
「この子はこういう子だから」
というレッテルを貼りがちになるのです。
一つ言えることは、人というのはなかなか変わりません。
ですから、この言葉を使うことで、自分の指導力のなさが原因ではないのだと、教員の心を和らげることにはなるのですが、
「この子はこういう子だから」
これを長年教員をやっているベテランが言うのであるならばともかく、若い教員からもこのような声が出ることは残念だなあと思うのです。
「なぜそうなるのか」
「自分の指導に原因は無かったのか」
「どうすれば良くなるのか」
このような視点を忘れないでほしいなと思うのです。
児童がいうことを聞かないということで、初任者の学級に入って指導することもありますが、学級が乱れる原因は、教員にも少なからずあるなあと感じるのです。
例えば、
①教室が汚い。
床にゴミが落ちていたり、汚れが目立つ学級は荒れます。
②指導に工夫がない。
同じような指導をしていてもなかなか効果は上がりません。どうすれば良い方向に進むか、手を替え品を替え、常に自分で考えて工夫しないと、いつまで経っても人に頼ってしまいます。
③話が必要以上に長い。
聞いているようで児童は聞いていません。大切なことを簡潔に述べることが大事なのです。
④基準がぶれる。
同じことをしても前は注意されなかったのに今回は注意された、とかですね。教員の一貫した姿勢が見えると、子どもたちはめざす基準がはっきりと見え、行動に迷いが無くなります。
このほかにもたくさんあるとは思いますが、こんな感じでしょうかね。
自分の力の無さを自覚することで、このままではダメだという思いになり、そこから工夫が生まれてくるはずです。
工夫の仕方も、人のアドバイスを受けてだけでなく、自分なりの工夫が入ってくると理想的ですね。
とはいえ、実際私が初任者だった頃と比べると今の教員は大変だと思います。
難しい中でよくやっているなと言う思いもありますし、せっかく教員になったのだから、教員になって良かったなという充実感を感じてほしい思いもあります。
辞めてほしくないし、休んでほしくないんですよね。
だから言おうか言うまいか迷うことも多いのですが、子供のため、本人のためと思って、心を鬼にして言うようにしています。
自分の経験した失敗を加えながら。
「なかなか変わらなくて大変だと思うけど、子供のことを決めつけずに、常にひと工夫すること」
若い先生にはこれが大事だよと話しています。