前半では「学級担任はいらないのではないか」という考えについて、こんなメリットがあるというお話をさせていただきました。しかし、そうはいっても、これまで長く機能してきたシステムです。そこはそれなりの理由があって存続してきたわけです。
ということで、学級担任を置かないことで起こりうる問題点について、後半では述べていきたいと思います。考えられる範囲で、私が思う解決法も併せて述べていきます。
❶危機管理
学校には隙間時間がたくさんあります。朝自習、休憩時間、昼休み、給食、清掃など、こういった時間をどう管理するかは問題点の一つでしょう。私の考えは、この時間もローテーションするという考えです。
❷児童理解が進まず逆に指導しにくい
学級経営の上手な先生は、子供が勝手に動いていくシステムを作り上げます。児童の個性を把握し、うまくモチベーションを上げていくからです。その結果児童自身がすべきことを理解し進めていくことにつながります。今私が提唱している形だと、なかなか児童理解が進まず、指導しにくいなあと感じる先生方も多いかもしれません。
❸責任の所在がはっきりしない可能性
学級担任という形ではなくなると、責任の所在がはっきりしなくなることで指導が緩む可能性は捨てきれません。無責任な先生が出てきてしまうこともあり得ると思います。
ただ、学校は保護者に対して学校評価アンケートなどという形で評価をしてもらっています。その中で特定の教員に対してのクレームが多かったり、授業の技術が未熟だと評価される教員が出てきたりするかもしれません。それを受けて校長を始めとする管理職が指導することができるでしょう。
それ以外の面からでも、総合的にしっかり評価してそれを給与等に反映させることができれば、それこそどんな時も責任を持って教員は取り組むのではないかと思います。
❹問題行動への対処
学校内でトラブルが起こったとき、関係する教員が多数になるケースも予想されます。事態の把握は難しくなるでしょう。窓口は学校となり、教頭が主に対応する形になると思います。
ただ、先程❶でも述べたように、職員の誰かの目はあるわけですし、いろいろな場面に跨ったとしても、その分複数の教員が見ているのですから、学級担任1人の目より信頼性の高い情報になるのではないかというのが私の考えです。
❺計画的に学級・学年が運営できるか
ころころ先生が変わる中で、学習の進度は保障できるのか、学力は身につくのか、という懸念を抱くのは当然だと思います。ですが、基本この国は学習指導要領の下、どこでも同じような学びをする国のはずです。教科書もあるし、指導書もあります。1週間のシフト表や1ヶ月のシフト表さえ作ってしまえば、ある程度計画的に運営できると考えます。教務主任などがしっかりチェックする体制を整えることも大切です。
❻保護者へのお知らせ、公的な文書の作成はどうする
学級通信や学年通信、通信表や指導要録の作成はどうするんだ、という意見もあるでしょう。
お知らせは学校のクラウドにまとめ、どの学級、どの学年の保護者も確認できるようにします。
作成に関しては最終的に責任を持つ学年の担当者を数名決めて作成する形が良いでしょう。テンプレートにしてしまえば必要事項だけを知らせることができます。どの学年も同じ様式にしてしまえば、戸惑うこともありません。
通信表や指導要録も、データは共有していますから、それぞれが入力していく形をとります。もともと通信表は、学級担任の裁量というフィルターが掛かります。これを機に単純に数値だけを記載し、配付してもいいのではないかと思います。
その他にも、本当にやろうとすれば、解決すべき問題はもっとたくさん出てくるのでしょうが、考え方次第で何とかなるのではというのが私の考えです。
ここまで述べてきましたが、みなさんはどう思ったでしょうか。
まあ、小学校であれば、1年生から6年生までを日替わりで廻るのは現実的では無いかもしれませんが、高学年、中学年、低学年の各学級をグループでローテーションする形なら、できそうな気はしませんか。
ただ、理想的に進めるならもう少し条件があります。今までのように学級数プラス数名の配置では、厳しさは変わらないでしょう。教員の配置数をもっと増やして、授業が入らず分掌業務に集中できる空き曜日なんかが作れると最高ですね。
また、児童についての情報を全職員が共有できるツールと把握するための時間も必要かなと思います。一人一人の教員がやるというよりは、教務主任などが集約する形でまとめるのが良いでしょう。
学級担任不要論。いかがでしょう。あながち無茶苦茶な話でもないような気がしてきませんか。